seika∞sekai – 京都精華大学ブログ -

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2013.11
28
19:23

開学当時もかっこいい、セイカの広報物

開学(1968年)時のポスターパネルが学長室にあると聞きつけ
学長の坪内成晃先生を訪ねると
「お、ポスターか、あるであるで」
と見せてくれたのがこれ。
1970年度の学生募集ポスターです。

「当時はこれがかっこよかったんや~」と、坪内先生。
モデルになっているデザイン科の学生たちのルックス、
色味を少なくして情報が整理されたデザインなど、
全然古びてなくて、今見てもかっこいい!

セイカの広報物は数年前にセイカを知ったときから
「おしゃれやなー」と思ってたけど、
その随分まえからかっこいいデザインの最先端を取り入れていたようです。

続いて出てきたのがレコード盤サイズの大学案内。
ポスターや大学案内の冊子は、当時デザイン科の教員だった
高島寛(ひろし)先生や坪内先生が手がけていたんだそう。

↑坪内先生が開いているのは69年度の大学案内です。

「当時は硬派な『朝日ジャーナル』と、軟派な『平凡パンチ』と、
マンガの『少年マガジン』の3冊を持ってるのが新しいタイプの学生のたしなみ。
デザインも音楽もファッションも花開いた60~70年代は
みんなひとつのことだけやなくて、いろんなことをやってたんや」
と私に教えてくれる坪内先生。

セイカが産声を上げた時代をリアルタイムで駆け抜けてきた人から
こんなふうに話を聞くことはそうそうないので、わたしにとっては新鮮な時間でした。
「あの頃は寺山修二や横尾忠則やISSEY MIYAKEが出てきてな、、、」
と話し出す坪内先生に、ひとつ質問を投げかけたら
10の答えが返ってきそうなくらい、話し方に熱がこもっていました。


ちなみに、坪内先生が手にしている71年度の大学案内をズームするとこんな感じ。
サイケなイラストがまたかっこいい!
このイラストも坪内先生が描いたもの。
ん?でもこんなテイストのイラスト、最近どこかで見たような…?と思っていたら
先週できた『木野通信』60号のP.11学長連載ページによく似た作品が!
(『木野通信』60号はこちらから見られます)

「人は死んだらそこで関係性は終わりやけど、
セイカに貢献してくれた人のことを残したかったんや」と坪内先生。
71年度の大学案内には、これからのセイカを作っていく教職員の顔が、
そして今回出た『木野通信』には、これまでのセイカを作ってきた
教職員や、寺山修二などの講演会ゲストの顔が描かれています。

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